家族なのに、どうしても分かり合えない人がいて...
その人にどれほど歩み寄っても、分かり合えないと嫌いにまでなりそうだよね
嫌いになったからって、距離を置いてもいいのかな...?
関わる相手と分かり合えなければ、歩み寄ることも大切。
ですが、たとえ家族だとしても、どうしても分かり合えない状況に陥ることもありますよね。
「この人とは、もう分かり合えない」
「歩み寄る姿勢さえ見せてくれないし、この人が嫌い!」
「だからといって、距離を置くのは...」
「分かり合えない」と判断できたとしても、その人と家族だからこそ距離感によりいっそう思い悩んでしまう時もあるでしょう。
思い悩む状況から抜け出す1つのきっかけになればと、今回は分かり合えない人が家族にいる場合の距離感についてお話します!
本記事はこんな方におすすめ
- 分かり合えない人が家族にいる方
- 家族とはいえ「分かり合えないから嫌いかも」と感じている方
- 分かり合えない人との距離感に思い悩んでいる方
分かり合えない人が家族にいる|その人を嫌いになるのは悪いこと?
「分かり合えないほど、その人に対する嫌悪感が増してしまう」
「嫌いになりそう...」
「最終的には嫌いになってしまった」
他者と関わる上で、その人のことを嫌いになりそうな時や嫌いになってしまった時。
そんな時だからこそ、他者を嫌いになること自体に罪悪感が生じるケースもあります。
「分かり合えないから」といって、罪悪感が生じたがために「家族を嫌いになってもいいの?」と思い悩んでしまうことも。
罪悪感を覚えて思い悩むほど、心が重くなるよね
そもそも分かり合えないから人を嫌いになるのは...
家族だとしても悪いことなのかな?
嫌いになるのは悪いことではない
人間には「好き」の感情が芽生える一方で、他者に対して「嫌い」という感情も芽生えます。
この世界にいる全ての人と分かり合いたいと思っても、実際に分かり合うのも難しいもの。
ですので、何とかして「分かり合った上で良好な関係を築きたい」と思っても、どうしても分かり合えない人もいるでしょう。
他者である家族だからこそ分かり合えず、嫌いになることもあるのです。
たとえ家族だとしても、「分かり合えないから」と嫌いになるのは悪いことではありません。
たしかにそうだよね
人を嫌いになるのが初めてだと、より不安になって思い悩んでしまうけど...
家族に対しても嫌いの感情って芽生えるよね
そう思ったら、心が少し軽くなったかも…?
距離を置くのが賢明な判断...?
時に「少しでも分かり合えたら」と歩み寄るなかで、「この人とはどうしても分かり合えない」と判断する瞬間は訪れてしまうもの。
「この人と関わるなかで、もうこれ以上は傷付きたくないから」
「関わると、精神的に追いつめられてしまうから」
「どうしても、この人とは距離を置きたい」
精神的に追いつめられて限界を迎えてしまっては、元も子もありません。
たとえ家族であっても、どうしてもとなった時は自分自身の気持ちを尊重することも大切です。
尊重した上で、実際に分かり合えない人と距離を置けそうな場合は距離を置くのが賢明な判断かと思います。
分かり合えない人が家族にいる|距離を置く上での大切な考え方
自分にとって精神的に追いつめられるほど分かり合えない人とは、たとえ家族であっても距離を置いて離れたほうがよいもの。
「とは言っても、実際に距離を置くのは罪悪感がある...」
「やっぱり家族だから...距離を置こうとしてもなかなかできない」
「現状を変えたい気持ちはあるけど踏み切れない」
距離を置くにしても、罪悪感を覚えたりして思い悩むこともあるよね
そんな時にこそ大切な考え方って?
ここからは、たとえ家族だとしても分かり合えない人と距離を置く上での大切な考え方をご紹介していきます。
距離を置くのは自分の心を守るため
分かり合えない人と関わるたびに傷付く心。
その傷が癒えない場合、関わって傷付けられるたびに心の傷は深くなります。
その人と家族という関係性で関わる時間も多ければ、なおさらですよね。
「傷付いた言葉を何度も思い出してしまって苦しい」
「家族のような身近な存在だからこそ、よけいに傷付いてしまう」
心に傷を負いながら自分自身を追いつめてまで、分かり合えない人と無理に関わる必要はないでしょう。
これ以上、自分自身の心が傷付いてしまっては元も子もありませんからね。
「距離を置くのは自分の心を守るためだから」と、距離を置くことに対しての罪悪感を解消するきっかけにもなってくれるはずです。
精神的なエネルギーの消費量が減少する
分かり合えない人と関われば、何かと精神的なエネルギーを消費してしまいます。
「何かと無理して相手に合わせてしまった」
「相手の話を聞いてるだけで疲れた」
「疲れすぎて今日はもう気力がない」
距離を置けば、分かり合えない人と関わる時間を最小限に抑えられます。
関わることでのストレスが軽減して、精神的なエネルギーの消費量も減少するでしょう。
分かり合えない人が原因で感じる疲労も軽減しますよ。
他のことをする時間が増える
距離を置くまでは分かり合えないとしても、その人と一緒に過ごしていた時間。
ですが、距離を置いた分、分かり合えない人と過ごしていた時間を他のことに使えるようになります。
- 趣味・娯楽
- リラックスする時間
- etc...
どうしても分かり合えない人と同じ時間を過ごして傷付いたりするよりも、自分自身にとって充実した時間になるはず。
心の底から「これがしたい」と自分が思った物事であれば、より充実した時間を過ごせるようになるでしょう。
実際に何をするかは各々違いますが、距離を置けば他のことをする時間が増えると考えるのも大切な考え方ですよ。
分かり合えない人が家族にいる|距離を置いた後の対策
実際に距離を置くことはできたけど...
今後もできる限り、自分自身の心を大切にしながら過ごしたいよね
そのためには、どんな対策ができるの?
ここからは、家族にいる分かり合えない人と距離を置いた後の対策について解説します。
ストレスを解消する
距離を置けたとしても分かり合えない人が存在しているだけで、何かとストレスを感じてしまうケースも。
- 関わりを持っていた時
- 距離を置く時
- 距離を置いた後
関わりを持っていた時や距離を置く時だけではなく、状況によっては距離を置いた後もストレスを感じてしまいます。
まずは感じたストレスを解消することが、距離を置いた後の対策です。
特に分かり合えない人との間に様々な出来事があったなかでストレスが溜まっている方は、自分に合った方法で解消してみましょう。
関わらない精神で日々を過ごす
「家族という近い存在だからこそ、再び関わる機会があった!」
「とある出来事がきっかけとなってしまった...」
場合によっては意図せず、再び分かり合えない人と関わりを持ってしまう時もあります。
関われば、またしても自分自身の心が傷付いたりと同じことの繰り返しになる可能性も。
何かのきっかけで関わりを持つ必要もあるかもしれませんが、常日頃から関わらない精神で日々を過ごすのも大切な対策です。
- 家族行事を回避する
- 分かり合えない人とは、できる限り話さない
自分自身の心が傷付くことを防止するために、できる限り関わらない精神で過ごしてみましょう。
「同じことを繰り返したくない」と感じている方は、ぜひ日々の生活のなかで意識してみてくださいね。
「分かり合えない人=赤の他人」と思ってみる
距離を置いたとしても家族という関係性だからこそ、すぐ近くに分かり合えない人の存在を感じてしまうこともしばしば。
「姿は見えないけど分かり合えない人との距離感が近い」
「聞きたくもない話し声が聞こえてくる」
どうしようもないほどその人が嫌いであれば、今までのような家族ではなく「分かり合えない人=赤の他人」と思ってみるのも1つの対策です。
「赤の他人だから自分とは関係ない」
「どんな言葉を聞いたとしても心に響かない」
「相手に興味がない」
もし存在を感じても無感情に近いような感覚に陥ることで、少しは自分にとって過ごしやすい環境になるかと思います。
自分のしたいことにエネルギーを使う
距離を置いた後に、ふと分かり合えない人について考えてしまう時もありますよね。
そんな時は、思い切って自分のしたいことにエネルギーを使うのも1つの対策です。
物事に熱中すればするほど、分かり合えない人について考える時間が減少します。
- 好きなこと
- 楽しくて幸せを感じること
他の物事にエネルギーを使えれば、気分転換にもなるはず。
熱中しすぎて「分かり合えない人のことなんてすっかり忘れていた!」と感じる瞬間さえあるでしょう。
分かり合えない人とは自分に合った距離感が大切
たとえ家族であっても分かり合えず、時には傷付いて「嫌い」という感情も芽生えてしまうもの。
嫌いになるのは悪いことではなく、無理をしてまで心をすり減らしながらその人と関わる必要もないでしょう。
分かり合えない人とは自分に合った距離感が大切。
ですので、「自分自身の大切な心を守るために距離を置く必要がある」と感じた時は、できる範囲で距離を置いてみてはいかがでしょうか?
距離を置いた後は、本記事で解説した対策の中から「この対策は自分に合っているかな?」と慎重に考えた上で、ぜひ実践してみてくださいね。
本記事が、分かり合えない人との距離感で思い悩んでしまう状況から抜け出すためのきっかけになれば幸いです。
読者の皆様、今日も生きていてくれてありがとうございます!
それではまた~
お会いしましょう~